開業にあたって

「魚歩心」オープンへの想い

2019年秋、居酒屋「味地歩心（みちぶしん）」は開業20周年を前に店舗を拡張リニューアルし、おかげさまで売上も順調に伸びていました。

そんな折も折、世の中はコロナ禍に。

皆様もご存知の通り、感染者数の増加や度重なる緊急事態宣言などで、休業、時短営業、酒類の提供停止・・・
飲食業界全体が大打撃を受ける事態となりました。
「味地歩心」もその時々の要請に従い、売り上げは壊滅的、このままでは現状の雇用維持どころか事業継続すら難しいという状況に。

先の見えない不安と我慢と、やり場のない怒りの日々でした。

そんな中、2020年春の緊急事態宣言発令時のこと。
通常営業の代わりとして店頭で刺身を販売したところ、これがお客様に大好評だったのです。
中には自転車に乗って遠方から買いに来てくださる方も。

来て下さった理由を尋ねると、「居酒屋、寿司屋、料理店が閉まっていて美味しい刺身を食べられないから」とのことでした。

飲食業界の休業で困難にあえいでいるのは、提供する側だけではない。
お客様もまた、食の楽しみを奪われているんだ・・・
改めてそう感じた瞬間です。

とはいえ、近隣のスーパーは当然ながら休業要請の対象外。
魚はいつでも売っているし、刺身ならそこで買えるはず。

気になって実際に調べてみたところ、刺身はあっても「夕食時に美味しい刺身」がありませんでした。
そのスーパーでは、朝に仕入れた魚を直ぐに捌き、そのまま夕方まで販売していたのです。

そもそも魚は鮮度が落ちやすいものですが、その鮮度落ちは切り身や刺身になると一層早まります。

新鮮な魚が朝一番にお刺身になり、長時間売り場に並び、夕飯の食卓に上がるころには鮮度の低いお刺身に・・・

店によっては前日に捌いておいた魚を使うケースまであるそうですが、これは、当日の仕入れでは開店時間までに売り場に並べる準備が間に合わないためです。
スーパーの業務の特性上、仕方のないことかもしれません。
スーパーにはスーパーの経営方針があり、業務規程があり、それぞれの企業努力があるのだから否定などできません。
でも、このような調理・販売方法では、夕飯時にコリコリした食感の美味しい刺身を楽しむのはやはり不可能です。

「私なら、美味しい魚を美味しいまま提供できる」
陳列台の刺身パックの中に溜まったドリップをぼんやり眺めながら、私は「味地歩心」の「美味しい刺身」を楽しむお客様の笑顔を思い出していました。

「よし！鮮魚店、私がやる！」

居酒屋で培ってきた調理技術と、21年間通い続けている市場での目利きと人脈。
それらをフルに活かしたら、「美味しい内食・中食」のお役にだって立てるはず。
さらには「味地歩心」が営業再開した時、品質を落とさず売り上げを回復するために、安直に値上げするのではなく、仕入れの段階から工夫したい。
再び「味地歩心」に戻ってきてくださるお客様には、より良いサービスを提供したい。
そんな想いから、鮮魚店のオープンに向け動き出しました。

2021年10月現在、ようやく居酒屋「味地歩心」の営業が再開しました。
コロナ禍前のような状態では到底ありませんが・・・
それでも店内にお客様の笑顔が戻り、スタッフの笑顔も戻り、「ここで負けられない」という思いがより強まりました。
皆様に愛される「味地歩心」を自分で守っていきたい。
そしてこの度のような非常時にも、美味しいものを愛する私たちの「食の楽しみ」を奪われたくない。
そんな強い思いを胸に、張り切って「魚歩心」をオープンいたしました。

これまで「味地歩心」が歩んできたように、「魚歩心」も地元の皆様に永く愛される魚屋を目指してまいります。
どうぞ、よろしくお願い申し上げます。